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熊本地震からやがて2年・・・

熊本県青年団協議会 古奥 紗耶香

熊本地震発生から2018年2月14日で1年10か月を迎えました。道路等の復旧工事や公費解体工事も進み、公費解体工事においては、熊本県全体で約98%が完了しているようです。私が住んでいた熊本県益城(ましき)町をはじめ、被害の大きかった地域では解体が進んだため更地が多く見られ、「ここの建物も解体されたんだ…」と思うことが多くなりました。

今年で地震から2年が経つため、仮設住宅(みなし仮設)の退去期限を迎える被災者もたくさんいます。しかし、被災した自宅の解体は終わっても、自宅の再建がなかなか進まない方も多くいます。そのため、仮設住宅入居世帯の約6割が入居期間の延長を希望しています。その背景には、建設業者の不足による自宅再建や災害公営住宅の建設に時間がかかっていることが影響しているようです。また、益城町においては一部地域の復興土地区画整理事業や主要道路の4車線化が計画されています。その影響を受けて、自宅再建の目処が立たない方もいるようです。

道路に関しては、被災した橋の架け替えや路面の舗装等の工事が進んでいます。地震から約8か月後には、西原村から南阿蘇村を通る俵山トンネルの仮復旧工事が終わり、通行止めが解除されました。また、昨年の夏までには、地震で崩落した阿蘇大橋の迂回路となる長陽大橋ルートが開通し、遠回りしないと行けなかった南阿蘇方面へのアクセスが便利になりました。しかし、未だに通行止めのままとなっている道路もあるのが現状です。

高速道路においては、盛土法面が崩壊し路面に亀裂が入っていた箇所の復旧工事は終わっていますが、路面の舗装工事や橋脚の工事は今もなお行われています。

熊本城の今

熊本のシンボルでもある熊本城ですが、昨年から天守閣が透明性の高い布で覆われ、頬当(ほほあて)御門と呼ばれる門からは工事車両のためのスロープが設置され、天守閣の復旧工事が進んでいます。また、地震後「一本石垣」で倒壊を免れた飯田丸五階櫓の工事も進んでいます。しかし、石垣や塀など地震発生当時から変わっていないところもあります。 熊本城のほとんどのエリアが立入禁止のままですが、加藤神社や二の丸公園、城彩苑(熊本の歴史と食文化を体験できる施設)、そして、周辺道路から現在の熊本城や石垣等を見ることができます。

最後に・・・

この2年間を通して、災害からの復旧・復興には想像以上の時間がかかることを改めて感じました。まだまだ地震の爪痕が残っている場所も多々ありますが、復旧が進んでいることを日々感じています。

昨年の4月以降、私は地震の写真や報道等を見ることができなくなっていました。7月には被災した実家の解体があったこともあり、地震のことを考えることができない、思い出したくない時期がありました。しかし、この文章を書く上で久しぶりに地震当時の写真を見ることができました。今もなお、時々震度1か2程度の地震が起きており、揺れ方次第では「怖い」と感じることもありますが、地震のことを忘れず、熊本地震のことをいろんな方へ伝えていきたいと思います。

地震直後の各地の様子

写真1:益城町内の状況

写真2:益城町内の状況

写真3:益城町内の状況

写真4:益城町内の状況

写真5:益城町内の状況

写真6:益城町内の状況

写真7:解体された益城町体育館1

写真8:解体された益城町体育館2

写真9:解体中のマンション

写真10:高速の法面(路面に亀裂が入った箇所)

写真11:熊本城天守閣

写真12:熊本城天守閣

写真13:熊本城天守閣

写真14:熊本城 工事用のロープ