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震災から7年

宮城県青年団体連絡協議会 元事務局次長 芳賀 広美

 あの震災からまもなく丸7年になろうとしています。

 もう7年なのか、まだ7年なのか、やっと7年なのか、人によって感じ方は違うでしょうが、あの時瓦礫で覆い尽くされた街を見たとき、復興にどれだけの月日が必要なのだろうか、そもそもこれだけ壊滅していて復興が可能なのかと未来が見えない不安がありました。それでも全国の皆さんからのお力を貸していただいて、少しずつ少しずつ瓦礫が片付けられ、半壊・全壊の家屋・建物が解体され、山を削って住宅地を作り、浸水地域のかさ上げが進み…、これだけの時間が経ってようやく新しい街の建設が目に見えてきました。

 そんな中、三陸沿岸地域での悲願であった三陸縦貫自動車道(以下「三陸道」)の建設が着々と進み、2016年に志津川ICが開通する事により、ついに気仙沼・本吉地方への自動車専用道ができる見込みにまでたどり着いたのです。2017年には南三陸海岸IC、歌津ICが開通し、仙台との距離が少しずつ縮まってきました。この三陸道がつくられる前は、気仙沼市から仙台までは約120km、時間にして2時間半から3時間。場合によっては3時間以上もかかる状態でした。気仙沼は陸の孤島と呼ばれ、「仙台から気仙沼に行くより、東京に行く方が早い」「気仙沼って岩手じゃないの?」と言われ…、気仙沼市で開催された、とある集会に参加した県知事に「こんなに時間がかかるとは予想外でした。三陸道の早期建設に努めなければ」と言わしめ。それが約2時間まで短縮されたのです。南三陸町では三陸道の開通により、町内の病院で対応が難しい患者さんを石巻市へ緊急搬送する際、30分近くも時間が短縮されたとのことです。

 現在、仙台からの直通分は上記の歌津ICまでですが、ここから北は気仙沼市唐桑町内の一部区間、岩手県の陸前高田市から大船渡市まで、釜石市内の一部区間、そして山田町から宮古市までというように各地で部分的に建設・開通が進んでおり、2017年度末までにもう数カ所で供用が開始される予定です。南は仙台東部道路と接続し、そこから常磐自動車道の浪江ICまでつながっています。最終的には八戸久慈自動車道ともつながり、更に各所で横断道と接続し東北自動車道との行き来も可能になる計画です。

 震災当時、海岸沿いを走るメイン道路であった国道45号があちこちで寸断され、陸の孤島と化した沿岸地域においては、津波に負けない高さと丈夫さを持つ道路が待ち望まれてきました。今後、もしもまた同じような災害が起こったとしても、住民の避難のための、そして外部からは救助活動や人的物的支援の際に被災地に出入りが容易になることで、助けられる命を増やす命の道です。

 三陸道は上記のようにどんどん延長され、都市部からも段々と来やすくなってきています。気軽に来て、直接復興の様子を皆さんの肉眼で見て下さい。