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私にできること

 日本漢字能力検定協会が発表した平成30年の漢字は「災」であったように、一年を通じて地震、豪雨、台風と次から次へと災害が起こり、日本中を混乱させた一年となった。

 平成30年7月豪雨から半年以上が過ぎ、当時ニュースで溢れていた豪雨被害の情報もあまり聞かなくなった。被害を受けた地域は今、一体どんな状況なのだろうか。前から気になってはいたものの、実際に足を運んでいなかった岡山、広島、熊本を一人でめぐろうと決めた。そう決めたは良いが、どこに行ってどうしたら良いのか分からない。岡山、広島、熊本がそれぞれどんな被害を受けたかなどはネットで調べて知っていたが、各地域に伝手がない。伝手が、ない、、ん!?もしかしたら伝手があるかもしれない!

「青年団」
私には青年団がある。

 もしかしたらその3県に青年団があって、直接話を聴けるかもしれない。そうすれば現地の青年団の人とも知り合える!青年団の魅力を改めて感じた瞬間だった。すぐに滋賀県団の金子副会長と市岡会長に連絡を取って、岡山県と熊本県の青年団の方につないでもらった。

 1月22日の早朝に滋賀を出発して、新大阪から新幹線で岡山へ向かう。岡山までは、新大阪から1時間もかからない。こんなに近いのに、同じ日本に住んでいるのに、私たちは何も知らない。岡山の現在、そしてどれだけの人が未だ不自由な生活を強いられているか、ということを。

 岡山から倉敷に向かう電車の中で通勤通学の人を見て思ったこと、それは「やはりここには生活がある」ということ。ここで暮らす人たちはみんな、一体どれだけ怖い思いをし、どれだけ悲しい思いをしたのか。それでも続く生活の中でどんな思いで生きているのか。とても想像できない。

 倉敷駅から、日本青年団協議会の中園さんに真備町を案内してもらった。同じ倉敷市内でも倉敷駅前と、被害の大きかった真備町とでは、被害の大きさの違いがものすごく、本当に信じられないほど町並みが違う。ありえない、想像できない、信じられない、そんな言葉の連続だった。真備町では、たくさんの家が並んでいるところでも、よく見ると人が住んでいる家はほとんどない。場所によっては家の2階まで水に浸かったところもあるという。窓ガラスは割れ、家の中は柱がむき出しのすっからかん。まちの復興にはまだまだ時間がかかり、支援はまだまだ行き届いていないことが見て取れた。未だにボランティアセンターが設置される意味が分かりすぎるほどに分かる。


 大切な物や人を失い、明日の見えない日々を過ごしたのだろう。それでも人は、またやり直そうと立ち上がる。「がんばろう倉敷 がんばろう真備」まちの合言葉のようにお店や道路のいたるところに旗や横断幕があった。そんな強い姿を見て、無責任にも「できる!やり直せる!立ち上がれる!」と強く思った。


 1月22日、「SAVE THE HIROSHIMA」という団体と一緒に活動させてもらった。場所は呉市にある坂町小屋浦。ここは海に面し、山に囲まれた地域だ。豪雨当時、そこら中から土砂が押し寄せたという。岡山同様、同じ地区内でも被害の大きさはまるで違う。もっと言うと数メートルの違いが生死を左右した。まさかこんなことになるなんて誰も思っていなかった。


 実はここでは、100年前にも同じような災害が起こったらしい。100年前の土砂災害を伝える石碑があった。それを聞いた時、宮城の閖上(ゆりあげ)を思い出した。後の時代に伝えようと石碑を立てても、また同じことが起こってしまう。「繰り返してはいけない」とは誰もが分かっているけれど、自分が住んでいる所が危険な場所だと認識して住む人は少ない。異常気象が当たり前となった今の時代、自分の地域のことを知り、備えることがいかに大切かを改めて感じた。


 1月23日、熊本県益城町東無田(ひがしむた)地区。ここの自治体では、熊本地震の語り部スタディツアーを実施している。本来ならば10人から開催なのだが、アポを取ってみると運良く下見に来る団体があるとのことで、同行させてもらった。今回のスタディツアーで一番印象的だったのが、過酷な現実や震災を前向きに捉える姿だった。震災があったから東無田を知り、訪れる人が増えた。熊本地震の後で起こった災害、西日本豪雨や台風被害を考えれば、「まだ自分たちは良かったね」とそこに住む人たちは語っていた。これは決してただ「良かった」わけではなく、いたわりの意味での「良かった」なのだろう。もし私が災害に直面したとして、そんなこと言えるだろうか。たぶん、無理だ。

 東無田は夢を語っていた。これからのこと、将来を考えていた。わくわくするような未来の構造、地元の姿を具体的に計画されていて、聴いているこちらも本当にわくわくした。私もまた将来自分の地元守山で地域コミュニティの場を作りたいと思っている。だから、東無田の地域コミュニティの在り方がとても勉強になった。


 被害に遭った地域を実際に訪れ、そこで出逢ったひとたちはみんな、起こった事を受け入れ、立ちあがり、前を向いて進んでいる。いつもこちらが元気をもらって、「もっと大事に生きないと」と思わせてくれる。その想いが薄れないように、そして各被災地が今、どんな状況か知るために、定期的に訪れる必要がある。旅行でもいいし、調べるだけでもいいし、聞こえてきた話やニュースに耳を傾けるだけでもいい。『忘れられること』が一番怖く、一番悲しい。そして亡くなられた命が無駄になる。決して無駄にしてはならない。

だから、知ること。
伝えること。
忘れないこと。
備えること。

一人ひとり、自分にできることは違う。
でも、できることはきっとある。
できることを
できることから
できる人がやっていこう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。