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雪がもたらした経験値

福井県鯖江市 福井県連合青年団 岡井 里紗

 平成30年2月6日から約3日間振り続けた雪は2月9日福井豪雪という名のつく災害となった。私がこれまで生きてきた中で、初めて身近に起こった災害であった。

 今年の雪はどうなのかと毎年交わされる会話をいつも通り話していた。そろそろ38(サンパチ)豪雪や地震がこの福井にもくるのではないかと思いつつも、だれも今日くるなどとは思わない。この危機感の緩い中で豪雪はやってきた。

 私の自宅から職場までは車で約20分の距離である。雪道だと30分から40分の距離を毎日通勤している。20センチほどの雪は依然から降っており、その日の朝もそれぐらいだろうと身支度をしていたが、父親、母親の様子が明らかにおかしい。2階の窓から駐車場を見下ろすと、車の天井の高さまで雪がつもっており、とても車を出せる状況ではなかった。

急いで父親と共に除雪を行ったが雪を捨てるところがなく、結局作業も進まない。ようやく、車を出せる状況になり、1時間遅刻して会社に向かった。会社に着いても、腰の高さまである雪をかき分けて玄関へたどりつき、扉をこじ開けて、その日1日雪かきをしていたことを今でも覚えている。もし、この雪が明日も降り続けたらと思うと、なんともいえない恐怖と、なにもできない自分が無力でならなかった。

 私の家は道に隣接しており、比較的人通りの多いところである。こんな豪雪の時でも会社が休みにならないのか、車の通りはいつも通りであった。1台の車が、道の真ん中でハマってしまい渋滞を作っていた。私は最初黙ってその場を傍観していた。女の私が行ってなんになるのか。こういうのは男の人が行った方がいいと決めつけていたからだ。乗っていた運転手は若い女の子で、雪道の運転も不慣れな様子でとても焦っている顔をしていた。そこに、後続車の運転手が下りて来て、車を必死に押し始めた。ただぼーっとみているだけの自分がとても恥ずかしくなり、スコップをもって私もその車にかけよった。知らない人が知らない人を助けている姿を見たときに、なんとも不思議な光景であり、それと同時に胸があつくなった。災害は、自分だけではない、みんなが大変なのだと改めて思った。知っている人、知らない人関係なく、みんなで助け合って乗り超えなければいけないものである。車は動かせるようになり、女の子は深々と頭を下げて走っていった。後続車の運転手も「お疲れ様!ありがとね!」と言って走っていった。ドラマみたいな展開だが本当にあった話だ。ここで、私が言いたいのは、災害で一番重要なのは、人だということだ。1人ではできない、乗り越えられないことでも、誰かが手伝ってあげたり、助けてあげることでできることになり、乗り越えられることになるということだ。当たり前のことではあるが、当たり前にできる人は少ないと思う。

 その日から、私は女だからなどと思うことをやめた。一人では動かせなかった車は、二人なら少し動く、三人ならもっと動き、四人なら助けられる事を知った。知らない人だと無視するのではなく、かけよる勇気を持つことを学んだ日だった。雪は消えてなくなるものだが、その日の経験は私の中で大きな経験と知識となって残る出来事であった。